
こんにちは、りんです。
今回は“ロンドン観光が10倍面白くなる、ロンドンの偉人7選”を紹介します。
ここで紹介する人物は、ロンドンのさまざまなスポットで名前を目にする人たちばかりです。
1. 偉人を知るとロンドン観光がもっと面白くなる!
ロンドンの偉人は、観光の中でその人物とゆかりのある絵画や展示などにより何度もその名前を見掛けることがあります。
事前に名前を覚えておくとより知識と理解が深まり、ロンドン観光が更に楽しくなるので、ぜひチェックしてみてください。



この記事では、各偉人とゆかりのあるスポットと、おすすめ巡礼コースも一緒に紹介します!有名な人は本当に色々な場所で名前を見かけます!
2. ロンドン観光が10倍面白くなる!知っておくべきロンドンの偉人7選
偉人はたくさんいますが、
- ロンドンの偉人であり、
- ロンドン各地にスポットがあり、
- ロンドン観光が楽しくなる、
というコンセプトで厳選しました。
【1人目】海の英雄!ネルソン提督


イギリスの英雄ホレーショ・ネルソン は、イギリスでは“ナポレオンから国を守った英雄”として非常に有名です。



日本で例えるなら東郷平八郎と織田信長を合わせたような存在とも言われます。
ネルソンとはどんな人物?
- 生年月日:1758年9月29日
- 出身:イングランド・ノーフォーク州
- 職業:イギリス海軍提督
- 没年:1805年(47歳)
ネルソンは12歳で海軍に入り、数々の海戦で頭角を現しました。勇敢さだけでなく、従来の常識にとらわれない戦術を考える指揮官として知られています。
なぜ英雄になったの?
最大の理由は、1805年のトラファルガー海戦です。
当時、ヨーロッパでは ナポレオン・ボナパルト がヨーロッパを席巻し、イギリス侵攻を計画していました。
ネルソン率いるイギリス艦隊はイギリス27隻、フランス・スペイン連合33隻という不利な状況で戦いました。
ネルソンは敵艦隊の横一列の陣形に対し、自軍を2列縦隊で敵戦列に突入させる大胆な戦術を採用しました。
その結果、イギリス艦隊は1隻も失わずにフランス・スペイン艦隊を壊滅、という歴史的勝利を収め、これによりイギリスは19世紀を通じて世界最強の海軍国としての地位を確立しました。
戦死した英雄
しかし勝利の最中、ネルソンはフランス艦の狙撃兵に胸を撃たれます。
旗艦 HMS Victory の船内で”神に感謝する。私は任務を果たした。”と語ったと伝えられ、その後息を引き取りました。
勝利を知ってから亡くなったこともあり、”勝利と引き換えに命を捧げた英雄”として語り継がれています。
ネルソンとゆかりのあるスポット
- セントポール大聖堂 にお墓※予約推奨
地下に巨大なネルソンのお墓があります
住所:St. Paul’s Churchyard, London EC4M 8AD
行き方:“St.Paul’s”駅より南へ徒歩2分
▶ セントポール大聖堂の入場チケット購入はこちら(Klook)
- 英国国会議事堂に絵
巨大なネルソンの絵画があります
住所:2 St Margaret St, London SW1P 3JX
行き方: “Westminster”駅から南へ徒歩4分
- グリニッジに軍服
国立海洋博物館には、実際にネルソンが着用していた軍服があり、銃弾の跡の穴も見ることができます
住所:Romney Rd, London SE10 9NF
行き方:”Greenwich”駅から北東へ徒歩10分
- ウィンザー城に銃弾(ロンドン郊外)
ウィンザー城にはネルソンを撃った銃弾の入ったロケットがあります
住所:SL4 1NJ Windsor, ウィンザー
行き方:ロンドン中心部”Paddington”駅から国鉄GWRへ乗車
GWR “Windsor & Eton Central”駅から東へ徒歩7分
- トラファルガー広場
高さ約52mの”ネルソン記念柱”が立ち、ロンドンを代表するランドマークです。
住所:Trafalgar Sq, London WC2N 5DS
行き方:”Charing Cross”駅から徒歩1分



こうやってみると全部ストーリーが繋がっていて面白いですね






【2人目】陸の英雄!ウェリントン公


ウェリントン公爵(正式名:アーサー・ウェルズリー)は、ネルソンと並ぶ、イギリス史上最高の英雄の一人です。
ネルソンが”海の英雄”なら、ウェリントンは“陸の英雄“です。



ネルソンとウェリントン公爵は同じナポレオン戦争の時代に活躍しましたが、実は直接会ったのは一度だけだったと言われています。
ウェリントン公爵とは?
- 本名:アーサー・ウェルズリー(Arthur Wellesley)
- 生年月日:1769年5月1日
- 出身:アイルランド・ダブリン
- 没年:1852年(83歳)
軍人として成功した後、政治家となり、1828~1830年にはイギリス首相も務めました。そのため、名将、政治家、貴族という3つの顔を持っています。
なぜ英雄になったの?
最大の理由は、“1815年 ワーテルローの戦い”です。
1805年にネルソンがトラファルガーの戦いでフランス海軍を破り、イギリス本土への侵攻を阻止しました。
そして10年後の1815年、ウェリントンはワーテルローの戦いでナポレオンを破り、20年以上続いたナポレオン戦争に終止符を打ちます。
この2人の活躍によって、イギリスは世界最強の国家へと発展していきました。
ウェリントンは軍人引退後はイギリスの首相となり、カトリック解放や議会改革への対応、外交などに携わりました。
Iron Duke(鉄の公爵)
ウェリントンは”Iron Duke(鉄の公爵)”という愛称で呼ばれています。
この名前から”冷酷な軍人”という印象を持たれがちですが、由来には二つの説があります。
一つは、強い意志と揺るがない性格を表したという説。
もう一つは、暴徒から邸宅を守るため、窓に鉄製の雨戸を取り付けたことから付いたという説です。
【実はネルソンとウェリントンは一度しか会っていない】
イギリス史を代表する2人の英雄ですが、実際に会ったのは1805年、ロンドンで開かれた晩餐会の一度だけとされています。
数か月後、ネルソンはトラファルガー海戦で戦死。
その10年後、今度はウェリントンがワーテルローでイギリスを勝利へ導きました。
直接行動を共にすることはありませんでしたが、二人は “海” と “陸” でイギリスを守った英雄として、今も並び称えられています。
ウェリントンとゆかりのあるスポット
- セントポール大聖堂
→ネルソンと同様にウェリントンの巨大なお墓があります。
住所:St. Paul’s Churchyard, London EC4M 8AD イギリス
行き方:“St.Paul’s”駅より南へ徒歩2分
▶ セントポール大聖堂の入場チケットの購入はこちら(Klook)
- 英国国会議事堂
こちらもネルソン同様、ネルソンの絵と対になる形で巨大な絵が飾られています。
住所:2 St Margaret St, London SW1P 3JX イギリス
行き方: “Westminster”駅から南へ徒歩4分
- ウィンザー城に大広間(ロンドン郊外)
これまたネルソンと同様に、ナポレオンを破った記念としてできた、巨大な肖像画などを飾る大広間があります。
住所:SL4 1NJ Windsor, ウィンザー
行き方:ロンドン中心部”Paddington”駅から国鉄GWRへ乗車
GWR “Windsor & Eton Central”駅から東へ徒歩7分
- アプスリーハウス
ウェリントン公爵の邸宅が一般公開されています。
住所:149 Piccadilly, London W1J 7NT
行き方:“Hyde Park Corner”駅から東へ徒歩1分
▶︎ 【Apsley Houseの入場チケットの購入はこちら】
- ウェリントン・アーチ
ハイド・パーク・コーナーに建つ凱旋門で、ナポレオン戦争におけるイギリスの勝利、そして初代ウェリントン公アーサー・ウェルズリーを象徴する記念碑です。
住所:Apsley Way, London W1J 7JZ (アプスリーハウスのすぐ近く)
行き方:“Hyde Park Corner”駅から東へ徒歩2分



ネルソンとウェリントンはほぼセットですね。






【3人目】6人の妻で有名な”イギリスを変えた王” ヘンリー8世


ヘンリー8世(Henry VIII、1491〜1547)は、イングランド王国の第2代テューダー朝国王で、イギリスの有名人といえばこの人!と言っても過言ではないくらい、有名な人物です。
世界的には”6人の妻を持った王”として知られています。
現在のイギリスという国の土台を築いた人物の一人であり、宗教・政治・王権のあり方を大きく変えた歴史上の重要人物です。
ヘンリー8世はどんな人物?
- 生年月日:1491年6月28日
- 在位:1509年〜1547年
- 王朝:テューダー朝
- 父:ヘンリー7世
- 子ども:
- メアリー1世
- エリザベス1世
- エドワード6世
エリザベス1世は後に「黄金時代」と呼ばれる時代を築いた名君として知られています。
イングランド国教会を創設した王
ヘンリー8世最大の功績は、イングランド国教会(Church of England)を誕生させたことです。
当時のヨーロッパでは、ローマ教皇がカトリック教会の最高権威でした。
ヘンリー8世は王妃キャサリンとの離婚を望みましたが、教皇はこれを認めませんでした。
そこで彼は、“イングランドの教会はローマではなく、国王が治める”という大胆な決断を下します。
1534年に制定された「首長令(Act of Supremacy)」によって、国王自らが教会の最高指導者となり、イングランド国教会が誕生しました。



離婚したいがために国教会を作ってしまうなんてすごい人です
ヘンリー8世の6人の妻
ヘンリー8世と言えば、やはり6人の妻の存在は欠かせません。
6人の王妃たち
- キャサリン・オブ・アラゴン(離婚)
- アン・ブーリン(処刑)
- ジェーン・シーモア(病死)
- アン・オブ・クレーヴズ(離婚)
- キャサリン・ハワード(処刑)
- キャサリン・パー(ヘンリー8世より長生き)
特に2番目の王妃アン・ブーリンは、後の女王エリザベス1世の母親としても知られています。
【実は若い頃はイケメンでスポーツ万能】
現在よく知られているヘンリー8世の肖像画は、体格が大きく威圧感のある姿です。しかし若い頃は、
- 身長約190cm
- 馬術の名手
- テニス好き
- 狩猟好き
- 音楽の才能もあった
という、まさにルネサンス期の理想的な王子でした。
ヘンリー8世とゆかりのあるスポット
- ハンプトン・コート宮殿(ロンドン郊外)※予約必須
生涯6人の妻を連れてこの宮殿で暮らしました。
住所:Hampton Ct Way, Molesey, East Molesey KT8 9AU
行き方:“Water Loo” 駅からSouth Western Railwayで36分”Hampton Court”駅から徒歩10分
▶ Hampton Court Palaceの入場チケット購入はこちら(Klook)
- ロンドン塔
ヘンリー8世時代の権力闘争や王室の光と影を知るには欠かせないスポットです。
住所:London EC3N 4AB
行き方:”Tower Hill”駅から南へ徒歩5分
- ウェストミンスター寺院※予約必須
1509年、ヘンリー8世はここで戴冠式を行いました。
住所:Dean’s Yard, London SW1P 3PA
行き方:“Westminster”駅から南へ徒歩4分




【4人目】大英帝国を世界一の国へ導いた ヴィクトリア女王


ヴィクトリア女王(Queen Victoria、1819〜1901)は、イギリス史上最も有名な女王の一人で、1837年に18歳という若さで即位し、63年7か月にわたってイギリスを統治しました。
彼女が治めた時代は”ヴィクトリア朝(Victorian Era)”と呼ばれ、産業革命が進み、大英帝国が世界最大の国となった黄金時代です。
現在のロンドンに残る壮麗な建築物や博物館、公園の多くはこの時代に整備されました。
ロンドンを歩いていると、”Victoria”の名前が付いた駅や通り、記念碑を数多く目にします。
ヴィクトリア女王とは?
- 生年月日:1819年5月24日
- 没年:1901年1月22日(81歳)
- 在位:1837〜1901年
- 夫:アルバート公
- 子ども:9人
ヴィクトリア女王の時代には、産業革命、ロンドン万国博覧会(1851年)など、現在のイギリスを形づくる出来事が数多く起こりました。
なぜ歴史に名を残したの?
“太陽の沈まない国”を築いた女王
ヴィクトリア女王の時代、大英帝国は世界中に領土を持ちました。
イギリス本国だけでなく、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、アフリカ各地、香港などがイギリスの支配下に入りました。
世界中のどこかで常に太陽が照っているほど広大な領土を持っていたことから、“太陽の沈まない国”と呼ばれ、ロンドンはその巨大な帝国の中心都市となり、金融・文化・科学の中心地として世界をリードしました。
家族を大切にした女王
ヴィクトリア女王は1840年にアルバート公と結婚し、9人の子どもと42人の孫に恵まれました。
現在のイギリス国王チャールズ3世も、ヴィクトリア女王の子孫です。
しかし1861年、アルバート公が42歳で亡くなるとヴィクトリア女王は深い悲しみに包まれます。
その後、生涯にわたって黒い喪服を着続け、公の場に姿を見せる機会も減りました。
この一途な愛情は、現在でも多くのイギリス人に語り継がれています。
意外と小柄
世界最大の帝国を率いた女王ですが、身長は約150cmと小柄でした。
それでも強い意志と責任感で国を導き、多くの政治家や国民から尊敬されました。
「小さな体で巨大な帝国を率いた女王」として知られています。
白いウェディングドレスを流行させた?
1840年、ヴィクトリア女王は純白のウェディングドレスを着て結婚式を挙げました。
当時、白いドレスは一般的ではありませんでしたが、女王の姿が新聞や版画で広まり、やがて世界中で”花嫁は白いドレスを着る”という習慣が定着したと言われています。
ヴィクトリア女王とゆかりのあるスポット
- バッキンガム宮殿
ヴィクトリア女王が初めて正式な王宮として使用した君主でした。宮殿前に建つ巨大な白い記念碑”ヴィクトリア・メモリアル”も有名です。
住所:SW1A 1AA London, ロンドン
行き方:”St. James’s Park”駅もしくは”Victoria”駅から徒歩10分程度
- ケンジントン宮殿※予約必須
ヴィクトリア女王が生まれ、幼少期を過ごした宮殿です。ダイアナ王妃もここで暮らしていました。
住所:Kensington Gardens, London W8 4PX
行き方:“Notting Hill Gate”駅から南東へ徒歩15分
▶Kensington Palaceの入場チケット購入はこちら(Klook)
- ロイヤル・アルバート・ホール
夫アルバート公の夢を受け継いで建設された世界屈指のコンサートホールで、クラシックだけでなく、ロックや映画音楽など多彩な公演が行われています。BBC Promsもここで行なっています。
住所:Kensington Gore, South Kensington, London SW7 2AP
行き方:”South Kensington”駅から北へ徒歩7分
- ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A博物館)
ヴィクトリアの夫、アルバート公が推進した1851年のロンドン万博(ハイド・パーク)で得た資金で作られ、アルバート公が亡くなった時にこの名前となりました。
住所:Cromwell Rd, London SW7 2RL
行き方:“South Kensington”駅から北東へ徒歩5分
- ヴィクトリア駅
ロンドン有数のターミナル駅。駅名はヴィクトリア女王に由来しており、現在も多くの旅行者が利用しています。








【5人目】ロンドンを設計した天才建築家 クリストファー・レン


クリストファー・レン(Sir Christopher Wren、1632〜1723)は、イギリスを代表する建築家であり、現在のロンドンの街並みを形作った人物です。
クリストファー・レンが設計(再建含む)した建物
- セント・ポール大聖堂
- シティに点在する教会
- モニュメント(ロンドン大火記念塔)
- ハンプトン・コート
など、レンが設計した建築はロンドンの至るところにあります。
そのためレンは“ロンドンを再建した男”とも呼ばれています。
クリストファー・レンとは?
- 生年月日:1632年10月20日
- 没年:1723年2月25日(90歳)
- 職業
- 建築家
- 数学者
- 天文学者
- 科学者
- 代表作
- セント・ポール大聖堂
- モニュメント
- 約50のロンドン市内の教会
90歳まで活躍したレンは、まさに知性と創造力を兼ね備えた”万能の学者”でした。
なぜ歴史に名を残したの?
ロンドン大火から街を復活させた
1666年9月、ロンドンで史上最大級の火災“ロンドン大火”が発生します。火は4日間燃え続け、約13,000軒の住宅、約90の教会、シティの約8割が焼失しました。
この未曾有の災害を受け、街の再建計画の中心人物に選ばれたのがクリストファー・レンで、レンはロンドンを“火災に強く、美しく、近代的な都市”へと生まれ変わらせました。
セント・ポール大聖堂を設計
レンの最高傑作として有名なのは、セント・ポール大聖堂です。
完成までに約35年を要したこの建物は、現在もロンドンのシンボルです。
巨大なドームは高さ約111mで、完成当時はロンドンで最も高い建築物でした。
地下には、先ほど紹介したネルソン提督とウェリントン公爵というイギリス史を代表する二人の英雄が眠っています。
セントポール大聖堂のてっぺんには、”富の象徴”とされる、パイナップルの像があります。
とても小さいので肉眼では見えにくいです。


ロンドンそのものが、クリストファー・レンの作品
レンはオックスフォード大学で数学や天文学を研究していました。
望遠鏡の改良や人体解剖の研究まで行うなど、当時の最先端科学者でもありました。
“ロンドンは彼の記念碑”
レンのお墓は、彼自身が設計したセント・ポール大聖堂の地下にあり、墓碑には有名なラテン語が刻まれています。
“Lector, si monumentum requiris, circumspice.”
“読者よ、もし彼の記念碑を探すなら、この周りを見よ。”
つまり、ロンドンそのものが、クリストファー・レン最大の作品だといわれています。
クリストファー・レンとゆかりのあるスポット
- セント・ポール大聖堂
レン最大の傑作で、レン自身のお墓もここにあります。
住所:St. Paul’s Churchyard, London EC4M 8AD
行き方:“St.Paul’s”駅より南へ徒歩2分
▶ セントポール大聖堂の入場チケットの購入はこちら(Klook)
- モニュメント(ロンドン大火記念塔)
ロンドン大火を記念して建てられた高さ約62mの石柱で、内部の311段の階段を登ると、シティの景色が広がります。この高さは、モニュメントから火災発生地点までの距離とほぼ同じになるよう設計されています。
- ケンジントン宮殿
先ほどヴィクトリア女王の生家として紹介したこちらも、レンが建物拡張を担当しています。
住所:Kensington Gardens, London W8 4PX
行き方:“Notting Hill Gate”駅から南東へ徒歩15分
▶Kensington Palaceの入場チケット購入はこちら(Klook)
- ハンプトン・コート宮殿(ロンドン郊外)※予約必須
こちらも先ほどヘンリー8世の住居として紹介しましたが、レンが増築を担当しています。
住所:Hampton Ct Way, Molesey, East Molesey KT8 9AU
行き方:“Water Loo” 駅からSouth Western Railwayで36分”Hampton Court”駅から徒歩10分
▶ Hampton Court Palaceの入場チケット購入はこちら(Klook)
- St Dunstan in the East Church Garden
ロンドン中心部にある教会の廃墟。レンが再建を担当しています。
住所:St Dunstan’s Hill, London EC3R 5DD
行き方:“Monument”駅より東へ徒歩 5分






【6人目】大英帝国の栄光を描いた画家 ターナー


ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(J. M. W. Turner、1775〜1851)は、イギリスを代表する風景画家です。
イギリスでは“シェイクスピアが文学の象徴なら、ターナーは絵画の象徴”と言われるほど高く評価されています。
“光の画家”とも呼ばれ、海や空、霧、夕焼け、嵐といった自然の表情を、それまでになかった大胆な表現で描き、その革新的な作風は後にモネやルノワールなど印象派の画家たちにも大きな影響を与えています。
ターナーとは?
- 生年月日:1775年4月23日
- 没年:1851年12月19日
- 職業:画家・版画家
- 代表作
- 《The Fighting Temeraire(戦艦テメレール号)》
- 《Rain, Steam and Speed(雨・蒸気・速度)》
- 《The Slave Ship(奴隷船)》
14歳でロイヤル・アカデミー・オブ・アーツに入学し、26歳という若さで正会員となるなど、早くから才能を認められた天才でした。
なぜ歴史に名を残したの?
ターナー以前の風景画は、”正確に風景を描くこと”が重視されていましたが、ターナーは光、空気、雨、霧、波、炎など、形のないものを輪郭をぼかし、色彩を大胆に重ねることで、表現しました。
当時は”描き方が荒すぎる”と批判されることもありましたが、その革新性は後世になって高く評価され、現在では世界で最も重要な画家の一人とされています。
《戦艦テメレール号》に込められた歴史
ターナーの代表作として最も有名なのが《The Fighting Temeraire(戦艦テメレール号)》です。
この作品には、一隻の古い軍艦が小さな蒸気船に曳かれて解体場へ向かう姿が描かれています。
一見すると静かな夕景ですが、その背景にはイギリスの歴史が凝縮されています。
テメレール号は、1805年のトラファルガー海戦で、ネルソン提督率いるイギリス海軍とともに戦った名艦で、この絵はナポレオン戦争の終焉、大英帝国の発展を象徴する歴史画でもあります。
ターナーとゆかりのあるスポット
- テート・ブリテン
ターナーは遺言で約300点の油彩画と約3万点ものスケッチを国に遺贈しました。そのコレクションの中心がここにあります。
住所:Millbank, London SW1P 4RG
行き方:”Pimlico”駅から北東へ徒歩7分
- ナショナル・ギャラリー
ネルソンの説明でも登場した、トラファルガー広場の前にある定番の美術館。《The Fighting Temeraire(戦艦テメレール号)》《Rain, Steam and Speed(雨・蒸気・速度)》などの名作があります。
住所:Trafalgar Square, London WC2N 5DN
行き方:”Leicester Square”駅から南へ徒歩4分
- ターナーズ・ハウス(ロンドン郊外)
ターナー自身が設計し、暮らしていた歴史的住宅兼ミュージアムです。2017年に大規模な修復を終えて公開され、現在も見学できます。
住所:40 Sandycoombe Rd, St Margarets, Twickenham TW1 2LR
行き方:”St Margarets”駅から徒歩7分
- ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ
ターナーが14歳で入学し、後に正会員となった場所です。常設展示は多くありませんが、ターナーをテーマにした企画展が開催されることもあります。
住所:Burlington House, Piccadilly, London W1J 0BD
行き方:”Piccadilly Circus”駅から西へ徒歩6分




ターナーはイギリスが海洋国家として世界へ羽ばたき、産業革命によって新しい時代へ進んでいく姿を絵画という形で後世に残した歴史の語り部でもありました。
ターナーの作品には、ネルソンが守った海、ウェリントンが勝利した時代、ヴィクトリア女王の時代へと続く大英帝国の発展が描かれています。
【7人目】イギリスの自然を愛した画家 コンスタブル


ジョン・コンスタブル(John Constable、1776〜1837)は、イギリスを代表する風景画家です。
ターナーと同じ時代に活躍しましたが、二人の作風は対照的でした。
ターナーが壮大な海や嵐、夕焼けといった劇的な風景を描いたのに対し、コンスタブルが愛したのは、故郷の田園や川、木々、雲、農村で働く人々といった、ごく身近な自然でした。
“何気ない日常にも美しさがある”という彼の視点は、当時としては新鮮であり、現在でも世界中の人々を魅了し続けています。
コンスタブルとは?
- 生年月日:1776年6月11日
- 没年:1837年3月31日
- 職業:画家
- 代表作
- 《The Hay Wain(干し草の荷車)》
- 《Dedham Vale(デダム谷)》
- 《The Cornfield(麦畑)》
なぜ歴史に名を残したの?
「田舎の風景」を芸術へと高めた
18世紀から19世紀初頭、歴史画や宗教画が高く評価される一方で、田園風景は芸術としてあまり重視されていませんでした。
そんな中、コンスタブルは故郷サフォーク州の景色を繰り返し描き続けます。
農家や風車、川辺の木々、牛や馬、水面に映る空など、一見すると特別ではない風景ですが、コンスタブルは自然の光や季節の移ろいを丁寧に描き、”日常の風景にも芸術としての価値がある”ことを示しました。
この考え方は、後の風景画や印象派の発展にも大きな影響を与えています。
代表作《干し草の荷車》(ナショナル・ギャラリー)
コンスタブルの代表作が《The Hay Wain(干し草の荷車)》です。
浅い川を渡る荷車、木陰で休む農家、穏やかな空、派手な出来事は何も描かれていませんが、その静かな景色からは、自然とともに生きる人々の暮らしや穏やかな時間の流れが伝わってきます。
この作品は1824年にフランスで展示されると大きな反響を呼び、フランス国王シャルル10世から金賞を授与されました。


雲を研究した画家
コンスタブルは、美しい景色を描くために雲を徹底的に観察しました。
ロンドン郊外のハムステッド・ヒースなどで空を見上げ、雲の形や風向き、天候、時間まで細かくメモを残していたことが知られています。



イギリスの雲って日本と違って形が立体的ではっきりしていて、日本より空が近い気がしますよね。
ハムステッド・ヒースは私も気に入っている場所です。
コンスタブルとゆかりのあるスポット
- ナショナル・ギャラリー
コンスタブルを知るなら、まず訪れたいのがナショナル・ギャラリーで、《The Hay Wain》をはじめとする代表作を鑑賞することができます。ターナーの作品も多くあります。
住所:Trafalgar Square, London WC2N 5DN
行き方:”Leicester Square”駅から南へ徒歩4分
- ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A博物館)
版画や19世紀イギリス美術に関する展示を通して、コンスタブルが活躍した時代の文化に触れることができます。
住所:Cromwell Rd, London SW7 2RL
行き方:“South Kensington”駅から北東へ徒歩5分
- ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ
コンスタブルは1829年にロイヤル・アカデミーの正会員となりました。
企画展では、コンスタブルやターナーをテーマにした展示が行われることもあります。
住所:Burlington House, Piccadilly, London W1J 0BD
行き方:”Piccadilly Circus”駅から西へ徒歩6分
- ハムステッド・ヒース
コンスタブルがたびたび訪れ、雲のスケッチを描いたことで知られる広大な公園です。
このブログで紹介したケンウッドハウスやヒル・ガーデン・アンド・パーゴラもハムステッド・ヒースにあります。
行き方:”Hampstead Heath”駅から北へ歩くとハムステッド・ヒースに入れます。
コンスタブルの生家がハムステッドにあります。




3. おすすめ周遊コース
これまで紹介した人たちとゆかりのあるスポットを効率よく回るためのモデルケースを作ってみましたので、参考にしてみてください。



スポットの名前をタップ(クリック)するとGoogle Mapのリンクに飛べます。そのままピン留めしておくと便利です。
コース 1. ロンドン誕生と英雄たちを巡る歴史散歩(所要時間:約7時間)
- ウェストミンスター寺院(約1時間)※予約必須
ヘンリー8世は1509年、この場所で戴冠式を行いました。また、ヴィクトリア女王をはじめ歴代国王・女王の戴冠式も行われた場所であり、約1,000年にわたるイギリス王室の歴史を感じることができます。
↓
徒歩15分
↓ - トラファルガー広場(約30分)
高さ約52mのネルソン記念柱が建つロンドンを代表する広場です。
1805年、ネルソン提督はトラファルガー海戦でフランス・スペイン連合艦隊を破り、イギリスを救いました。
↓
地下鉄で20分
↓ - セント・ポール大聖堂(約2時間)※予約推奨
クリストファー・レンの最高傑作。1666年のロンドン大火で焼失した街を再建したレンが35年をかけて完成させた大聖堂です。地下聖堂にはネルソン提督とウェリントン公爵が眠っています。
▶ セントポール大聖堂の入場チケットの購入はこちら(Klook)
↓
徒歩15分
↓ - モニュメント(ロンドン大火記念塔) (外観を見る)
ロンドン大火を記念する高さ約62mの記念塔。クリストファー・レンが設計しています。
↓
徒歩10分
↓ - St Dunstan in the East Church Garden(約30分)
第二次世界大戦で破壊された教会跡を庭園として整備した人気スポット。クリストファー・レンが再建に携わった教会の一つであり、ロンドンの歴史の重なりを感じられる静かな場所です。
↓
徒歩5分
↓ - ロンドン塔(約2時間)
ヘンリー8世ゆかりの場所。アン・ブーリンやキャサリン・ハワードが処刑された悲劇の舞台であり、王権の光と影を知ることができます。クラウン・ジュエルも必見です。
コース2. ヴィクトリア女王と王室文化を巡る散歩(所要時間:約7時間)
- ケンジントン宮殿(2時間程度※予約必須)
ヴィクトリア女王が生まれ育った宮殿。少女時代から即位までを紹介する展示は非常に充実しています。
▶Kensington Palaceの入場チケット購入はこちら(Klook)
↓
徒歩5分
↓ - ケンジントン・ガーデンズ(散策)
ヴィクトリア女王が幼少期を過ごした庭園。
↓
徒歩5分
↓ - アルバート・メモリアル(外観を見る)
最愛の夫アルバート公を追悼して建てられた壮麗な記念碑。
↓
徒歩5分
↓ - ロイヤル・アルバート・ホール(外観を見る)
ヴィクトリア女王が夫の夢を引き継いで完成させた世界的なコンサートホール。BBC Promsもここで行なっています。
↓
徒歩5分
↓ - ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)(2時間以上)
元々1851年のロンドン万国博覧会の後に、イギリスにおけるデザインやアート、工芸文化を活性化させる目的で建てられため、歴史的展示物のみでなく、アート、デザイン寄りの展示物も多くあります。
↓
地下鉄で20分
↓ - アプスリーハウス&ウェリントンアーチ(約1時間)
ウェリントン公の私邸で現在は美術館として一般公開されています。
▶︎ 【Apsley Houseの入場チケットの購入はこちら】
↓
徒歩15分
↓ - バッキンガム宮殿(外観を見る)
ヴィクトリア女王が初めて正式な王宮として使用した宮殿。宮殿前に建つ巨大な白い記念碑”ヴィクトリア・メモリアル”も有名です。
コース3. ターナーとコンスタブルが見た風景を巡る散歩(所要時間:約6時間)
- テート・ブリテン(約2時間)
《戦艦テメレール号》をはじめ、ターナーが国に遺贈した膨大な作品群を見ることができます。
↓
徒歩3分
↓ - テムズ川沿いを散策(約30分北上)
ヴィクトリア・タワーや国会議事堂を眺めながら、ターナーが描いたロンドンの光を感じてみましょう。
↓
徒歩で北上(テートブリテンから約30分)
↓ - ナショナル・ギャラリー(約2時間)
ターナーとコンスタブルの作品を見比べてみてください。
ターナー:The Fighting Temeraire(戦艦テメレール号)
コンスタブル:The Hay Wain(干し草の荷車), The Cornfield(麦畑)



他にもコンスタブルの生家があるハムステッドや、コンスタブルが雲を研究したハムステッドヒースがおすすめです。
4. まとめ
ロンドン観光が10倍面白くなる、ロンドンの偉人7選とおすすめ周遊コースを紹介しました。
ここで紹介した人たちは、ロンドンでは本当に色々な場所で名前を見かけますので、ぜひ覚えてみてください!



最後までお読みいただきありがとうございました。


























\ロンドンへ持っていくべき物をまとめた記事はこちら/










コメント